ゲーテアヌム炎上
（『神智学』読書会通信 １, １９９７年８月３１日発行）
第一ゲーテアヌムの火災は放火だったのですが、犯人はナチスだという通説を詳しく調べようと 思って、全集のうちの関連の巻（第２５９巻、１９９１年刊）を読んでみました。１９２２年１２月３１日の大晦日に木造のゲーテアヌムの建物の南そでから出 火。そして犯人探し。その詳しい経緯が当時の新聞や関連官庁の書類などで構成されていて、まるで推理小説を読むように引き付けられて読みました。ゲーテア ヌムの水回りの仕事で同年６月に雇われたアーレスハイム在のヤーコプ・オットゥ（１８９５年１０月２１日チューリヒ生まれ２７歳）が犯人と目されます。こ の男は本来時計職人ですが、６月に人智学協会事務所に現れて、時計工場の経営が左前なので雇ってくれといい、協会は水回りの仕事を与えます。この男は他の 協会員に、ゲーテアヌムは今にやられるぞと言っていたそうです。この男がゲーテアヌム焼失後、行方不明になります。現場で焼死した可能性も指摘されます。 地元バーゼルの「国民新聞」記者が翌日元旦の午後２時にシュタイナーにインタビューします。このインタ ビューに答えてシュタイナーは、電気が出火後もついたこと（火災中、自分で点検）、防災の備えは十分だったことなどを挙げ、電気のショートなどの原因を否 定し、放火であることを示唆します。警察もその方向で捜査を始めます。出火元近くの部屋で女性オイリュトミストが公演（午後５時ー７時）から、着替えのた め午後７時ごろ戻って来たとき、部屋の壁の鏡が落ちて割れているのを見付けています。当時修理のためこの棟には足場がかかっていて、外から簡単に登ってこ れるようになっていました。午後７時から８時までシュタイナー夫人がいつものように南そでの自室にいましたが、何も変わったことには気付きません。午後８ 時から１０時少し前まではシュタイナーの講演がありました。タイトルは「星界の人間に対する関係と、人間の星界に対する関係」。聴衆はみんな感銘を受けて 会場を出ます。寒い夜空には月が出ていました。シュタイナーはいつものように、出口で人々に取り囲まれ、質問を受けたりします。警備員が最初に４階の通称 「白の広間」で煙を発見したのは、この講演の少し後の午後１０時１５分ごろでした。シュタイナーにも、「ゲーテアヌムで出火」の報が届きます。しかし煙ば かりで火元を探すのに手間取り、或る会員は捜索中煙に巻かれて失神して危ないところを助けられます。私設消防団が約２０分後、ようやく南口の上の二階部分 の西壁のつなぎ目から煙が出ていることを突き止め、この壁を破ると、初めて火が見つかりますが、そのとたん火勢が強まり、一気に広がっていきます。犯人は 最初、外壁を破って、１０㎝幅の空洞の内壁に火をつけたらしく、この内壁部分を伝って、煙が四階まで達していたわけです。ドルナハとアーレスハイムからの 消防車の出動は午後１０時４５分です。１１時半ごろゲーテアヌムはすっかり火に包まれ、消防隊は危険なのでこちらは諦め、付属施設の木工所の延焼阻止に回 り、こちらは成功します。消防が手を引いたドームの本館は真夜中の１２時には完全に屋根の上まで炎に包まれ、その後焼け落ちます。オットゥは午後９時１５ 分から１０時半迄の間、知り合いの所にいたアリバイがありますが、矛盾したことに１０時７分ごろと１０時１０分ごろにゲーテアヌム方向に歩いていく姿が別 々の女性会員によって目撃されています。火がつけられたのはゲーテアヌムの構造に詳しいシュタイナーの考えでは、午後５時１５分ー６時２０分の間だろうと いうことになります。そうだとすると、くすぶっていた時間はかなり長いことになります（４ー５時間）。講演中のシュタイナーは１０年間精魂を傾けて作って きたゲーテアヌムの内壁にじわじわと火炎の魔手が広がっていくのを全く感じなかったのでしょうか。しかしシュタイナーにいわゆる透視能力を期待するのは間 違っているのでしょう。シュタイナー自身、火事の５日後の１月５日にゲーテアヌムの労働者たちを前に行なった講演の冒頭、新聞で「いったい霊視者シュタイ ナーはこの火事を予知しなかったのか」というふうに扱われたことや、この火事に関してさまざまなデマが飛びかったことを嘆いています。あちこちで目撃され たオットゥはドッペルゲンガーではないかというデマもあったようです。
１月７日付けの「国民新聞」の伝えるところでは、当局の判事は行方不明のオットゥに２千５百フ ランケンの懸賞金をかけます。オットゥは出火当時、現場の消火活動に参加しているのが目撃されている他、翌日の昼間の１２時すぎに出会ったという証言も あって、火事現場で焼死した可能性は一旦否定されます。火事場での目撃は夜中の１２時半ー４５分ごろのもあって（２人の半山高帽の男と一緒にいて、目撃者 と新年の挨拶をする）、このころは丸ドームはもう焼け落ちていて、火事場の崩落に巻き込まれる可能性はなく、自殺のつもりで火の中に飛込みでもしない限り 焼死はしないだろうということになります。大晦日の夜の１０時半少し前に市電に乗っていたという目撃情報もあります。この「オットゥ」は山上のゲーテアヌ ムの火災を車内から認めると、電車を下りて、現場めがけてすごい勢いで坂を登っていったということです。
しかしいずれにしろ、彼のその後の足取りは全くつかめず、国境から出た記録もない。もっとも、 税関をくぐり抜けることは簡単だったことも分かります。７日に出火元に石油湯沸器が置かれているのが発見されますが、これは焼け跡の中から見つかったので はなくて、誰かがその日に置いたものらしい。この湯沸器をふだん使っていた女性オイリュトミストが、この湯沸器が火災の原因だったかもしれないという良心 の呵責にかられて置いたのだという推測がなされます。９日には火元近くの残骸のなかから、当局の専門家によって本物の焼け焦げた石油湯沸器が見つかる。そ して９日から始まった現場検証の結果、１０日、ついに焼け跡から人骨がみつかります。１２日には焼け残ったゲーテアヌムの木工所から、オットゥが兄から借 りたマントが見つかる。寒いこの季節にマントを残して逃走するとは考えにくく、焼死の可能性がさらに高まる。骨と同時に発見された遺留品や、歯や骨の特徴 （身長１５０センチのせむし）から、焼死体はほぼオットゥのものとされます。犠牲者は１２時から１時の間に崩れ落ちた円屋根の下敷きになって、舞台下の土 間まで墜落したらしいと推定されました。
シュタイナーは出火した大晦日から元旦の朝まで火事場で一夜を明かしますが、元旦に予定されて いた午後５時からの「東方の三博士劇」と午後８時からの講演「世界史の中の自然科学の発生とその後の発展」は、焼け残った木工所で滞りなく行なわれます。
記事にはオットゥがなぜ焼死したかについては何の憶測も書かれていませんが、彼が放火犯だった として、その彼がなんで火事が終わりに近付いたころ、炎に巻き込まれたのかを疑問に感ずるのは当然でしょう。事故でないとすると自殺、ひょっとすると１２ 時すぎに火事場に立っていたという証言が正しいとして、その時一緒にいた２人の山高帽の男に口封じに火の中に放りこまれたということだって考えられます。 しかしこれもデマと同じレベルの不確かな憶測でしょう。
もうひとつエピソードを付け加えます。実はこの木造の第一ゲーテアヌムには３５０万フランケン という巨額の保険がかかっていまして、焼けのこった部分の評価３１万７千フランケンを差し引いた３１８万３千フランケンが支払われ、コンクリート建ての第 二ゲーテアヌム建設資金の礎えになります。この保険金のうち９０万フランケンは州の建造物火災保険局が支払いました。１９２２年は３０万フランケンの黒字 だと思っていた保険局の年決算は、この大晦日の火事で逆に６０万の赤字に転落します。このため、通常とは異なる建物に対して保険局は関知しなくていいよう に法改正が動きだすという思わぬ副産物も生じます。１フランケンは１９９７年８月２８日現在では８０.５８円ですが、この当時 は果たしてどのくらいの価値があったでしょうか。州の建物鑑定委員会委員長に３４.５ ０、委員ふたりに１５フランケンずつの謝礼が支払われ、電報が３フランケンかかっています。これから推定するのも難しいですが、仮に今のレートで換算する と、下りた保険金はざっと２億５千万円となり、ちょっと少ない。たぶんこの２．５倍くらい、１フランケン２００円で、保険金が６億４千万円でしょうか。そ うすると逆算して、委員長は７千円、委員は３千円で、まあ役人の報酬としては妥当でしょうか。電報は６００円、オットゥの懸賞金２千５百フランケンは５０ 万円となり、これらも適正でしょう。
シュタイナーは元旦の講演を予定通りこなしていますが、さすが秘儀参入者は物質的な損害などに はふらつかないと思うのは早計のようです。彼の身近かにいた者は、彼がこの日、講演が終わった後ふらついて、人の手に支えられたことや、この日を境にして 体調を崩し、歩くのにも杖を必要としだしたと報告しています。自ら多くの彫刻をほどこした第一ゲーテアヌムはまさに彼の精魂がこもっており、その消滅は彼 の生命力をすり減らしたのに違いありません。おそらく彼のエーテル的な部分が損害をこおむったのでしょう。しかも彼はそのあと第二ゲーテアヌムの建設と、 １年後の一般人智学協会の設立に向けてさらに骨身をけずっていきます。
さて事件の背景です。この放火は全く不意にふりかかった災難ではなく、かなり前から恐れられて いた事態でした。１月３日付けの警察の調書にも、「人智学協会はオットゥがゲーテアヌムに対するこのような攻撃を長いこと目論んでいた集団の手先であった という見解をもっている」とあります。ドイツが第一次世界大戦に敗北して巨額の賠償金を課せられ、社会全体が疲弊と混沌の中にある時、シュタイナーはア ピール「ドイツ国民と文化界に告ぐ」を１９１９年３月に公表してドイツ社会に新しいインパクトを与えようとしました。そして彼は法のもとの平等、経済のも との友愛、精神のもとの自由をモットーとする社会有機体三分節化論を説いて、社会に働きかけようとします。同年９月にシュタイナー学校も始めたわけで、こ のころを境にシュタイナーの社会への働き掛けも活発化しています。シュタイナーが知己を得た人の中には時の法相や将軍もいました。こうして社会的活動が表 立つにつれて、外部からのシュタイナー・人智学協会への批判や攻撃も活発となります。敗戦の混沌から頭をもたげてきた国粋的な集団は、シュタイナーを標的 にしだします。その動きの中には後のナチスにつながる集団もあるわけです。ヒトラーは１９１９年にナチの前身「ドイツ労働者党」に入党、１９２１年にその 党首となっていまして、ナチ党（国家社会主義ドイツ労働者党 die Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei：ナチの正式名称）が生まれるのは１９２５年２月です。しかし「ドイツ労働者党」時代にも活動はミュンヘンを中心に活発だっ たのです。以下、この時代のヒトラー集団もナチと呼んでおきます。（以下は全集２５９に掲載されたヘラ・ヴィースベルガーの論文から紹介します）１９２１ 年３月１５日に発行されたミュンヘンのナチ機関紙「フェルキッシュ・ベオーバハター」の冒頭の社説「政治家または国家的犯罪者」でアドルフ・ヒトラーは当 時のドイツの外相ジーモンス（この人はユダヤ人だった）とシュタイナーに言及して、次のように書いています。
「グノーシス主義者でありかつ人智学者ルードルフ・シュタイナーと昵懇の間柄であるこの大臣、社 会有機体三分節化の支持者であるこの大臣をもっとよく観察し、このユダヤ的方法論の全体が民族の通常の精神状態をどのように破壊するかをつぶさに吟味する 必要がある。」「このような悪魔的所業のすべてを背後で牛耳る推進役は誰なのか。それはあのユダヤ人だ！あのルードルフ・シュタイナー博士の友人だ。シュ タイナーはあの《能無し》ジーモンスと友だちなのである。」
カトリックとドイツ民族主義の方向で編集された雑誌「ホーホラント」では１９２１年８月に 「シュタイナーに対する宣戦」が布告されました。「この戦いは、我々の住む社会の状況の純度を保持するつとめがある者にとって、怠ってはならない義務であ る」。「この戦いを組織することは結局、避けることはできないだろう」。この戦いは実際に組織され、国粋的団体 － その先鋒はナチですが － が行動を 起こします。特にミュンヘンでは酷く、１９２２年５月１５日、シュタイナーはホテル「四季 Vier Jahreszeiten」で危ういところを友人達のガードで助かります。同年５月１７日にもエルバーフェルトで妨害工作に遭います。これらの攻撃は １９１８年以来君主制の復活とドイツ国粋的な目標を追求している《アルドイッチェ》と民族主義的過激派《ヒトラー・ガルデン》が加わっていました。当時の 新聞「ミュンヘン新報」（５月１６日の朝刊）の報道によると、ホテル「四季」のコンサートホールで開かれた５月１５日の講演は、とりあえず平穏に進んでい たそうです。コンサートホールが使われたのは、当時最大のコンサート・エイジェンシーが、注目されだしたシュタイナーの公開講演に貸し出しを申し出たから です。シュタイナーの公開講演を聞きに集まってくる聴衆のために、会場付近は交通整理の警官がでたほどだったといいます。それだけに右翼過激派は敵対心を 募らせます。この講演の最後近くになって、ホールの灯りがいくつかの電灯を残して、すべて消え、その状態が、暫時続きました。拍手の中に口笛が交ざって響 くうちに、突然主に青年からなる一団が壇上に突進した後、押し戻されました。シュタイナーは友人たちに守られて無事ホールを出ました。ホールでは殴り合い が起こり、爆竹、催涙ガスが投げられました。警察が奔走し、数人が逮捕されました。街頭では約５０人ほどの若者たちが隊伍をなし、歌いながら駅の方向へ向 いました。５月２１日付けの「ミュンヘン日曜新聞」によると「デモ隊はハーケンクロイツの旗を掲げ、すぐにこれをしまいこんだが、このことで彼らが反ユダ ヤ主義の集団であることが分かった。この一団の雰囲気はすぐにでも行動にでそうなものだった」とあります。
シュタイナーはこの後二度とミュンヘンで講演をしませんでした。ヒトラーは翌年１９２３年１１ 月にミュンヘン一揆を起こして失敗し、投獄されます（２５年釈放）。ヒトラーは１９１３年にミュンヘンに移住してきています。１９２２－２３年頃のミュン ヘンは、ヒトラーが政権をとる１９３３年まではまだ少し間がある、ナチの台頭期にあって騒然としていたわけです。ハンス・ビューヒェンバッハーの『ルード ルフ・シュタイナーの思い出』（１９７９）によれば、この当時ある種の政治団体の暗殺リストの第８番目か９番目にシュタイナーの名が挙げられていたそうで す。
シュタイナーはゲーテアヌム焼失の翌日午後８時からの講演の冒頭で、聴衆に対し２年前の自分の 講演（１９２１年１月２３日、ゲーテアヌムにて）を思い出すよう促し、ゲーテアヌムに対してどんなことでもしかねない敵意をもつ勢力がいることを既にその 時警告していたと、あらためて指摘します。２年前の講演でシュタイナーはこう言っています。「狂信的愛国主義者、過激な社会主義者、とりわけ社会主義の リーダーたちなど、さまざまな徒党がいますが、最近、これらの徒党に、さらに奇妙な集団が結びつきました。もちろんこれはそれほど新しい出来事ではありま せん。なぜなら既に１９１２、１３年にもこれらの連中の動きは知られていたからです。」この集団は女占星術師エルスベート・エバーティンの一味のことで す。１９１２、１３年の動きとはシュタイナーのホロスコープが出回ったことを言っているようです。このホロスコープは１９０８年にアラン・レオがその著書 『The Art of Synthesis』で公表し、その後何度も印刷されました。エバーティンもその著書『未来を一瞥？ － 科学的占星術の愛好家たちへ』（フライブルク、 １９２１年刊）の中で、シュタイナーのホロスコープを使って、シュタイナーの災厄を占星術的に解釈しているのです。放火との関連で問題になるのは、その 『未来を一瞥？』の中で引用されていた攻撃的内容です。それは雑誌「灯台」（１９２０年１０月刊）の中の論説「ドルナハ寺院」に書かれた文章からの引用で した。この部分をシュタイナーは放火の２年前の１９２１年１月２３日の講演では詳しく紹介し、最後の最も危険な部分は放火の翌日の１９２３年１月１日の講 演でも再び朗読しています。２年前の講演から引用部分をすべて以下に抜き出してみます。
「ゲーテアヌムを訪問して我々に悔いはなかった。我々はシュタイナー博士について自分なりの判断 を下したい人すべてに、この寺院、彼の精神の似姿をわが眼で見るよう薦めたい。この男は自分の脳を捉えたすべての発作、すべての熱病的夢想をこのようにコ ンクリに流し込んだり、木に彫り込んだり、ガラスに刻み込んだり、壁に描いたりするとは、いったい自分を何様だと思っているのか。自分以外の人間を何と 思っているのか」。
「我々はル－ドルフ・シュタイナーをしっかり見張っている必要が大いにあると思う。この男は、ユ ダヤ人と共産主義者、頭でっかちの奇人連中に支えられ、革命期にはヴュルテンベルクで文部大臣になろうとした。この男は、結束堅い我らが祖国の政治舞台 で、必ずや敗北を認めることになろう。」
「この木造のねずみ取り器（ゲーテアヌムのこと：シュタイナーの注）めがけ、電撃のごとく舌先を 伸ばす精神の火花は、かくて十分存在する。いつの日か本物の火花によってドルナハの栄光が不名誉な最期を迎えることがないよう、シュタイナーはもう少し利 口に立ち回り、〈懐柔的〉に振る舞うべきだろう。」
シュタイナーはこの最後の引用部分を１９２１年の初めには目にしていたわけで、この脅迫のあ と、ゲーテアヌムには私設の消防団が結成され、交替で２４時間警戒する警備員もおかれました。そうした警戒の最中での出火であったわけです。
占星術師のエバーティンは最初の引用のあと、これは「敵対的攻撃のほんの小手調べである」と述 べ、この攻撃は「天王星の流れから来ている。嘲りと侮蔑はもう十分足りていることが分かる。しかしこの憎悪に満ちた敵対者の警告は特別に注意を払うべきで ある。」と書く。シュタイナーはこのような暗示の方法を、それが無意識に人々に大きな影響を与えるだけに、卑劣と断じる。エバーティンは２つめの引用の 後、さらに次のように占星術的暗示を続けます。
「土星と天王星のふたつの惑星の影響は地上の人間に災いをもたらす可能性がある。それは困難な事 態を、敵意に満ちた攻撃をもたらすかもしれない。その影響下にある人間はその低次の自我の営みをコントロールし、克服し、ついにはそれを成熟させて人類に 奉仕させるよう促される。１９２１年の星の影響は、したがってルードルフ・シュタイナー博士にも、 － 他の同様なホロスコープをもつ者すべてと同じく － 魂を震撼させるか、または高次の霊的努力、あるいは没頭と集中に向うよう促すだろう。もし星のアストラル的影響が霊的に使用されなかったら、それは重 大な物質的損害、手痛い喪失、または身体の病気となって現れるだろう。この危険な年の２月末生まれの者の多くは、身の危険に陥る可能性もある。このことは 個々のホロスコープを見ると、常にもっと明らかに見て取れる。」
３つめのほとんど脅迫といえる文を読み上げた後、シュタイナーは、エバーテインの占星学的主張 は、実際の空を運行する天王星が、ホロスコープ上の太陽に影響する星位に基づいていることを紹介し、こう言います。「天王星の影響がこのように述べられる 場合は、そう述べる連中は良い方向の者ではないことを自ら示しています。自らの言動で、自分たちがどのような連中かを明らかにしています。」
占星術を少し扱える私が調べたところでは、１９２１年１月ごろ、空をめぐる天王星が、シュタイ ナーのホロスコープ（１９６１年２月２５日生まれ）の太陽にちょうど重なってきています。これはしかし私だったら、それほど重視しないアスペクトです。し かし、天王星はこの１９２１年に魚座９度４０分を折り返し点として逆行していまして、そのため魚座９度代に３ヵ月近く停滞しています。シュタイナーの誕生 日のもうひとつの２月２７日説で見ると、ホロスコープ上の太陽の位置も魚座９度代になります。この場合、たしかに占星術的には、ある種の影響は考えられま す。２月２５日だと魚座６度代になり、その影響は一過的になります。これからも当時占星術者の手に渡ったシュタイナーの生年月日は１８６１年２月２７日 だった可能性が強いことが分かります。実は生年月日に関してはシュタイナー自身の覚え書きが残っていまして、それによると彼は２月２５日に生まれて２日後 に洗礼したとあり、その２７日の洗礼日が誤ってか意図的にか、シュタイナーの誕生日として流布していたわけです。
シュタイナーは霊的進化の考えを持たない巷の占星術をディレッタント的であるといって否定して いますが、私にはその種の占星術がなにがしかの事実も言いあてられることは経験上、否定できません。たとえばオットゥの生年月日から彼のホロスコープを 作ってみました。そして、彼が死んだと目される１９２３年１月１日午前〇時すぎの天体図と重ねて、いわゆるトランジット法で見たところ、驚くべきことにと 言おうか、予期した通りにと言うべきか、丁度この日にだけ成立する事故運、それも「風雲の相」とよばれるアスペクトが成立していました。これは経験上、災 難をもたらす相と断言できます。これからもオットゥがこの火事で死んだことが確認できました。なお、ホロスコープから見たオットゥ像は「エネルギッシュ。 狡猾、嘘つき、非現実的空想、疑心暗鬼、好色」となります。なおもちろんシュタイナーも、占星術の根源にあるものは霊的英知として知っています。その辺り を詳しく述べたものにはエリザベート・ヴレーデの『占星術と人智学』（Elisabeth Vreede: Astrologie und Anthroposophie, Verlag am Geotheanum 1980 ）があります。
さて１９２３年元旦、午後８時の講演でシュタイナーは上にあげた放火の脅迫文を再び読み上げた あと、こう言っています。
「ひょっとしたらこの文との関連で、当地（ドルナハ／ゾロトゥルン州）の近辺で開かれた集会のこ とに触れることが、できるかもしれません。この集会で弁士は〈ユング・ゾロトゥルン〉（団体名らしい：訳者）に向け次のように語っていました。『さあ結集 するんだ！ゲーテアヌムめがけて突進だ！』と。」
なお同年１月２２日に２７歳のプフント・アウグスティンというバーゼルの製本業の男が前年の春 か夏に仕事中、同僚の前で、「ドルナハのゲーテアヌムなんて燃えちまえばいいんだ」と言ったという証言が、その同僚から署名入りで火災調査委員会に提出さ れています。この件については沙汰止みになったようです。
結局オットゥがナチの手先であった証拠はありませんが、シュタイナーがハーケンクロイツの旗を もった連中に付け回されていたこと、そうした集団と無関係とは思われぬあるグループがゲーテアヌム放火を公言していたことだけは確かです。シュタイナーは この手痛い第一ゲーテアヌム焼失のあとも、第二ゲーテアヌムの設計、一般人智学協会の設立、講演活動と忙しい日々を送っていきますが、志半ばで１９２５年 ３月３０日に病死します。この放火事件から２年３ヵ月弱のことです。この死に関しても毒殺説などが囁かれていますが、それはイロナ・シューベルトの『ルー ドルフ・シュタイナーならびにマリー・シュタイナーと共に過ごした実体験記』（Ilona Schubert:< Selbsterlebtes im Zusammensein mit Rudolf Steiner und Marie Steiner ＞, Seite 65 f.Zbinden Verlag 1977,Basel)に由来します。これはまたの機会に検討することにします。
第一ゲーテアヌムはナチスによって放火されたという話が、シュタイナー関係の本にときどき現れ るけれど、例によって出典は挙げていない。どこまで本当なのか確かめたくなって、夏休みの初めに、その事件を扱った全集第２５９巻をめくってみました。 １９９１年に出たけれど、本棚に積んでおいた本です。読みながら感じた興奮を伝えたくて、夏休みも終わろうという頃になってワープロに向かい、８月３１日 に書き終えました。読んだときの気持ちは文献を自身で読み解いていくプロセスと切り離せないものですので、内容をまとめただけのこの通信では誰も興奮でき ないかもしれませんが。シュタイナーとヒトラーを白魔術師と黒魔術師の対置で描いたトンデモ本の『運命の槍』などは論外ですが、ナチスとの「闘い」のよう なものが本当に少しはあったのか、前から気になっていました。ナチスが政権を取るのは１９３３年ですからシュタイナー（１８６１ー１９２５年）の存命の時 代とはずれており、それほどの摩擦はなかったもしれない、それどころかナチスの被害者を演じたいという潜在意識がまことしやかな「ナチスによる放火」説を 生んでいるのではとすら疑っていました。しかしそれは私の間違いでした。
補足）
なお、第１ゲーテアヌムの映像はこのファイルの一番上にあるが、色もなく目も粗い。
綺麗な映像を見たい方は、スイス・ドルナハにある人智学の本部ゲーテアヌムのホームページで見るこ とができます。第２ゲーテアヌムの映像もあります。
ページ冒頭に戻る
目次ページに戻る